私がもう一つモットーにしているのが「会社は社会の鏡」。よくテレビで社長が金持ちになって高級マンションに住み高級車を乗り回している姿を見ますけど、私はどこか違和感を感じるんです。

そんなお金があれば、本当に困っている人のために使えるでしょう。自分を真似よ従え、なんて我欲以外のなにものでもありません。結局、経営者が先に利を得る構図は続きますし、従業員は二の次になる状況は変わりません。私の言う会社とは…社会ニーズに求められてこそ存在するべきですし、その組織は経営者も従業員も役割は違えど立場は公平平等であるべきです。

例えば、住宅。人口は減るって分かっているのに未だ新築するでしょう。確かに、人口が増え高度経済成長期には、ニーズが高まり必要なことでした。ただ、これからは、自然を壊して開発するより、既存住宅戸数が人口を上回る今、先ずは現存する建築物を修理しながら維持する方が先決だと思います。

なのに、常に新たな会社が隆盛しては没落していく。そこで、ニーズもないのに政治的な保護がはじまる。狭間で特定の人だけが恩恵を受ける。こんなこと…いつまで続けるのか首を傾げたくなります。「会社は社会の鏡でなければならない、その組織は経営者も従業員も平等公平でなければならない」とは、つまり、裏を言えば、「社会的使命のない個人の我欲の為の会社は存在すべきでない」との意味です。

最近、熱海の土砂災害被害ニュースをみると心が痛くなり、行方不明者の方が早く発見されるよう願います。そんな時、住人を全く責めるつもりはありませんけど、フッと、もっとコンパクトな都市計画をしておけば…とマクロ的な問題点が頭をよぎります。自然は自然のまま、人間は人間として生活する領域を住み分ける。相互理解、相互援助のもと。私の中には、イメージとして、「風の谷のナウシカ」の世界が理想としてあるんです…。

といいつつも、私の経営する会社は存在してもいいのか?検証し続けていく必要があります。ここでしかできない物やサービスはあるのか?レアルにとっての社会的使命とは?胸にあててみて「それは何か?」考え実践する毎日。よくよく考えると、そもそもゆっくり贅沢する時間がないですねぇ(笑)。ある意味、幸せものです(笑)。

時代の潮流は待ったなし、婉曲なく直球で遭遇する現実に対して。常に最前線に立ち、社会的使命を果たす。そのことに集中するのみです。がんばります!ではっ!